近年われわれの視覚は未だかつて無いほど酷使されている。実際に、現代マルチメディア社会においては日常生活の中で画像、とりわけ動画を目にする機会が増える一方である。デスク上のノートパソコン、携帯電話、テレビ、ユーチューブなどのインターネット媒体を通してシェアされている動画など、誰もが日々あらゆる画像を目にしている。事実、20世紀末のインターネット誕生以来、ネットはテキストファイルやディフージョンベースとしての中心的役割を果たすようになり、巨大なマルチメディア、視聴覚アーカイブが作り上げられた。中でも新世代の人々にとってはインターネットは新しい自己表現法であるだけではなく、便利な情報検索ツールであり具体的な文化知識を得るための手段となっている。言語教育においては、オーセンティックな視聴覚資源(音楽ビデオや映画、ニュース、ドラマ、アニメなど)に学習者が各自で容易にアクセスし利用することは明白である。視聴覚資源はその多元情報ダイナミズムにより、文法、構文、語彙、音声のような上質の言語概念と同時にジェスチャーや表情による表現力、近接空間といった言語外のインプットを提供するかけがえのない視覚辞典となりえる。

Showasenzen no dokyumentarii ni motozuita maruchimedia kyouiku.

VITUCCI, FRANCESCO
2014

Abstract

近年われわれの視覚は未だかつて無いほど酷使されている。実際に、現代マルチメディア社会においては日常生活の中で画像、とりわけ動画を目にする機会が増える一方である。デスク上のノートパソコン、携帯電話、テレビ、ユーチューブなどのインターネット媒体を通してシェアされている動画など、誰もが日々あらゆる画像を目にしている。事実、20世紀末のインターネット誕生以来、ネットはテキストファイルやディフージョンベースとしての中心的役割を果たすようになり、巨大なマルチメディア、視聴覚アーカイブが作り上げられた。中でも新世代の人々にとってはインターネットは新しい自己表現法であるだけではなく、便利な情報検索ツールであり具体的な文化知識を得るための手段となっている。言語教育においては、オーセンティックな視聴覚資源(音楽ビデオや映画、ニュース、ドラマ、アニメなど)に学習者が各自で容易にアクセスし利用することは明白である。視聴覚資源はその多元情報ダイナミズムにより、文法、構文、語彙、音声のような上質の言語概念と同時にジェスチャーや表情による表現力、近接空間といった言語外のインプットを提供するかけがえのない視覚辞典となりえる。
2014
"L’ère Taishô et le Japon d’avant-guerre"
1
21
Vitucci, Francesco
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