マルグリット・ユルスナール(1903-1987年)は紫式部を評して「非凡なる天賦の才に恵まれた女性であり、社会変化、愛、人間模様、及び人間が不可能なことにぶつかった際に起こり得ることについて知り抜いている。ほかのどんな文学作品においても、これ以上のものは見つからない」と書いた。そして、短編集『東方綺譚』の中の一編で、光源氏(Genji le Resplendissant)の最晩年を描いている。 フランス人女流作家ユルスナールは、紫式部が残した原作の空白ページを埋める。最愛の紫の上を亡くした後、三番目の妻(西の館の君)に裏切られ、浮世の舞台で永遠に続く劇の中で自身はもはや主役を演じることができないのだと、光源氏が悟りゆく様を描く。そうして光源氏は、彼を愛し、憎み、賞賛し、あるいは妬み、いずれにしろ決して彼を軽んじることのなかった者たちから自身の年老いた姿を隠し、孤独の中に人生を終えることを選ぶ、という筋書きである。 隠遁者としての生き方は、宮中で優雅な生活に慣れ、自身がそこにいるだけで季節の祝賀が華やぐのが常だった皇子にとっては易しいものではない。光源氏の心はいまだ人生への情熱に囚われているのである。そしてその哀れな皇子はまた、かつて彼に尽くし彼の美の光に浴した多くの女性たちの一人、花散里(Dame-du-village-des-fleures-qui-tombent)に慰められることもない。花散里だけは、はるか昔に光源氏が軽い気持ちで彼女に与えた幸福な瞬間を忘れず、彼と孤独を分かち合おうとやってきたのである。しかしながら、その女性の袖からはまだ宮中の香りが漂い、光源氏は彼女を二度追い払うこととなる。というのも、彼女は光源氏に最悪の敵を思い出させるのだ。その敵とは、「ほっそりした手首、円錐状の長い乳房を持ち、情熱的で従順な笑い方をする生きもの(les creatures aux poignets étroits, aux longues poitrines coniques, au rire pathétique et docile)」を愛し、生命力に満ちた目を持つ美しい皇子、つまりかつての光源氏自身にほかならない。光源氏の人生に関わった女性たちは、今や、年老いた男の記憶の中の狭く非常に短い時空間においてのみ生きている。もはや光源氏は、変化の流れに打ち砕かれつつある盲目の老人に過ぎず、彼の運命は花や雲や星の運命と変わるところがない。 紫式部は彼女の作品の主人公、俗世を離れたいという願いを繰り返し口にしながら最後の最後まで浮世への愛着を断ち切れなかった光源氏の、その最期を描写しないことを選んだ。その部分を「源氏の君の最後の恋」の物語として描いたのが、不屈の旅行者たる西洋の作家ユルスナールである。ユルスナールは外国文化や過去の偉人から多くを学び、世界を読み解く鍵と文学的なインスピレーションの源を発見したのみならず、更に最も意義深いこととして、彼女の独自性を築くための貴重な基盤、また、作家として、そして女性としての自分の役割を再発見するための精神的な次元をも見出したのである。  ユルスナールに与えられた才能は、偶然の出来事から普遍的なものを引き出す方法、そして、我々現代人の不安をはるか遠い時代に投影する方法を掌握しているという能力である。この才能を遺憾なく発揮し、彼女は過去からさまざまな人物を甦らせた。彼女の筆によって、ハドリアヌス帝やゼノン同様、光源氏は、ほかの誰にもできなかった方法で、愛と苦悩、そして死と向かい合う術を知る者として甦る。ユルスナールと紫式部の創造的な才能とを結びつける糸が紡ぎ出すものは、限界の認識である。つまり、いかに偉大な人物であろうとも、生命の掟を前にしてはひれ伏すしかないという事実を、この二人は心得ているのである。  影響力を持つ会員の大多数の反対(特に猛反対したのはクロード・レヴィ-ストロースであった)にも関わらず、女性として初めて名誉あるアカデミー・フランセーズの会員に迎えられたユルスナールは、女性蔑視派の敵意に応え、演説において、自分よりも前の時代に生きた偉大な女性たちを優れた人物の象徴として引き合いに出した。結局、ミューズは女性たちであり、「偉大さとは、生を受けてから死に至るまでの間に起きる世俗的出来事と救いがたい程に結びついた、存在の気品を指すのである。それは芸術作品によって得られた名声に置き換えられるようなものではなく、我々について、つまり、我々が発した言葉や成し得た行為について、繰り返し語り継いでくれる人々の記憶を通してのみ受け継がれ残されていくものなのである」(ハンナ・アーレント『活動的生活』)

結局ミューズは女性たち:紫式部、マルグリット・ユルスナール (“After All, Muses Are Women: Murasaki Shikibu, Marguerite Yourcenar”)

SCROLAVEZZA, PAOLA
2009

Abstract

マルグリット・ユルスナール(1903-1987年)は紫式部を評して「非凡なる天賦の才に恵まれた女性であり、社会変化、愛、人間模様、及び人間が不可能なことにぶつかった際に起こり得ることについて知り抜いている。ほかのどんな文学作品においても、これ以上のものは見つからない」と書いた。そして、短編集『東方綺譚』の中の一編で、光源氏(Genji le Resplendissant)の最晩年を描いている。 フランス人女流作家ユルスナールは、紫式部が残した原作の空白ページを埋める。最愛の紫の上を亡くした後、三番目の妻(西の館の君)に裏切られ、浮世の舞台で永遠に続く劇の中で自身はもはや主役を演じることができないのだと、光源氏が悟りゆく様を描く。そうして光源氏は、彼を愛し、憎み、賞賛し、あるいは妬み、いずれにしろ決して彼を軽んじることのなかった者たちから自身の年老いた姿を隠し、孤独の中に人生を終えることを選ぶ、という筋書きである。 隠遁者としての生き方は、宮中で優雅な生活に慣れ、自身がそこにいるだけで季節の祝賀が華やぐのが常だった皇子にとっては易しいものではない。光源氏の心はいまだ人生への情熱に囚われているのである。そしてその哀れな皇子はまた、かつて彼に尽くし彼の美の光に浴した多くの女性たちの一人、花散里(Dame-du-village-des-fleures-qui-tombent)に慰められることもない。花散里だけは、はるか昔に光源氏が軽い気持ちで彼女に与えた幸福な瞬間を忘れず、彼と孤独を分かち合おうとやってきたのである。しかしながら、その女性の袖からはまだ宮中の香りが漂い、光源氏は彼女を二度追い払うこととなる。というのも、彼女は光源氏に最悪の敵を思い出させるのだ。その敵とは、「ほっそりした手首、円錐状の長い乳房を持ち、情熱的で従順な笑い方をする生きもの(les creatures aux poignets étroits, aux longues poitrines coniques, au rire pathétique et docile)」を愛し、生命力に満ちた目を持つ美しい皇子、つまりかつての光源氏自身にほかならない。光源氏の人生に関わった女性たちは、今や、年老いた男の記憶の中の狭く非常に短い時空間においてのみ生きている。もはや光源氏は、変化の流れに打ち砕かれつつある盲目の老人に過ぎず、彼の運命は花や雲や星の運命と変わるところがない。 紫式部は彼女の作品の主人公、俗世を離れたいという願いを繰り返し口にしながら最後の最後まで浮世への愛着を断ち切れなかった光源氏の、その最期を描写しないことを選んだ。その部分を「源氏の君の最後の恋」の物語として描いたのが、不屈の旅行者たる西洋の作家ユルスナールである。ユルスナールは外国文化や過去の偉人から多くを学び、世界を読み解く鍵と文学的なインスピレーションの源を発見したのみならず、更に最も意義深いこととして、彼女の独自性を築くための貴重な基盤、また、作家として、そして女性としての自分の役割を再発見するための精神的な次元をも見出したのである。  ユルスナールに与えられた才能は、偶然の出来事から普遍的なものを引き出す方法、そして、我々現代人の不安をはるか遠い時代に投影する方法を掌握しているという能力である。この才能を遺憾なく発揮し、彼女は過去からさまざまな人物を甦らせた。彼女の筆によって、ハドリアヌス帝やゼノン同様、光源氏は、ほかの誰にもできなかった方法で、愛と苦悩、そして死と向かい合う術を知る者として甦る。ユルスナールと紫式部の創造的な才能とを結びつける糸が紡ぎ出すものは、限界の認識である。つまり、いかに偉大な人物であろうとも、生命の掟を前にしてはひれ伏すしかないという事実を、この二人は心得ているのである。  影響力を持つ会員の大多数の反対(特に猛反対したのはクロード・レヴィ-ストロースであった)にも関わらず、女性として初めて名誉あるアカデミー・フランセーズの会員に迎えられたユルスナールは、女性蔑視派の敵意に応え、演説において、自分よりも前の時代に生きた偉大な女性たちを優れた人物の象徴として引き合いに出した。結局、ミューズは女性たちであり、「偉大さとは、生を受けてから死に至るまでの間に起きる世俗的出来事と救いがたい程に結びついた、存在の気品を指すのである。それは芸術作品によって得られた名声に置き換えられるようなものではなく、我々について、つまり、我々が発した言葉や成し得た行為について、繰り返し語り継いでくれる人々の記憶を通してのみ受け継がれ残されていくものなのである」(ハンナ・アーレント『活動的生活』)
『源氏物語本文の再検討と新提言』第2 号 (The Reexaminations and the New Proposals of the Texts of The Tale of Genji)
165
177
P. Scrolavezza
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